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東京地方裁判所 昭和58年(刑わ)2500号 判決

主文

被告人を懲役一年に処する。

この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

警視庁新宿警察署で保管中の賭博機械(ゴールデンポーカー)一三台及び現金合計二七五万一〇〇〇円を没収する。

被告人から金五八九万二三〇〇円を追徴する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都新宿区歌舞伎町二丁目一〇番五号ギンレイビル二階において飲食店「カフェレストラン・スリーネイション」を経営するものであるが、同店内に、「ゴールデンポーカー」という賭博機械を昭和五七年一〇月一日に一〇台、その後昭和五八年四月ころまでに三台の合計一三台を設置したうえ、常習として、昭和五七年一〇月一日から昭和五八年七月二一日までの間、日曜日などの定休日を除き、同店において、客の櫻河保雄らを相手方として、右賭博機械を使用し、客が金銭を賭けて画面に現れるトランプカード五枚の組合せ等により持ち点の得失を争う方法の賭博をしたものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示所為は一罪として刑法一八六条一項に該当するところ、所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予し、警視庁新宿警察署で保管中の賭博機械(ゴールデンポーカー)一三台は判示犯行の用に供した物であり、同署で保管中の現金合計一七一万八〇〇〇円は判示犯行の用に供しようとした物であって、いずれも被告人以外の者に属しないから、同法一九条一項二号、二項本文により、また、同署で保管中の現金合計一〇三万三〇〇〇円は判示犯行により得た物であって被告人以外の者に属しないから、同法一九条一項三号、二項本文により、それぞれこれらを没収し、更に、昭和五七年一〇月一日から昭和五八年七月二一日までの間に判示犯行の結果判示賭博機械一三台に投入された現金(但し、右のとおり没収する現金合計一〇三万三〇〇〇円を除く。)は、判示犯行により得た物であるから同法一九条一項三号に該当するが、没収することができないので、同法一九条の二を適用して、その価額のうち、五八九万二三〇〇円を被告人から追徴する。

(補足説明)

第一訴因の特定と証拠の十分性について

一  本件訴因は、「被告人は、東京都新宿区歌舞伎町二丁目一〇番五号ギンレイビル二階において飲食店「カフェレストラン、スリー・ネイション」を経営するものであるが、同所にゴールデンポーカーと称する遊技機一三台を設置し、常習として、昭和五七年一〇月一日ころから昭和五八年七月二一日までの間、同店において、賭客の櫻河保雄らを相手方として右遊技機を使用し、金銭を賭けて画面に現われるトランプカード五枚の組合せ等によりその得点を決めて勝負を争う方法の賭博をしたものである」というものであるが、これと第一回公判期日における検察官の釈明によれば、本件起訴は、被告人がみずからの経営する飲食店にゴールデンポーカーという賭博機械(以下「ゲーム機」という。)を設置して、一定の期間多数の賭客を相手方として行った一連の賭博行為のすべてを訴因としている趣旨であることが明らかである。

ところで、常習賭博罪のような集合犯においても、処罰の対象となるのが個々の賭博行為であることはいうまでもない。そして、個々の賭博行為は、その日時、場所、態様、相手方、回数、賭金の額などを特定することにより、個別的具体的に認定するのが本筋であるが、事案によっては、それらの要素の一部を特定するまでもなく、ある程度概括的に行為の存在を主張立証すれば足りる場合があると考えられる。例えば、常習賭博事犯の中でも、本件のように、一個の継続的な犯意のもとに、一定期間特定の店舗において、不特定多数の客を対象にゲーム機を使用して同一態様の賭博を営業として行う場合がまさにこれにあたると考えられる。

本件においては、被告人側の行為としては、ゲーム機を設置し、来店する不特定多数の客がこれを使用できる状態にして営業を継続することがすべてであり、賭客がゲーム機を使用する都度、設置者である被告人がいわば自動的に賭博行為を繰り返すことになるのである。このような事案においては、個々の行為は同種行為の継続的な反覆以外の何ものでもないから、右のような営業が継続して行われ、営業した日には客がゲーム機を使用していたという主張立証があれば、個々の行為の存在を一定期間内における同種行為の継続的反覆という形で把握することができると考えられる。個々の行為には個性や独立性が乏しく、個々の行為が各別に特定できないからといって、その存在に疑いが生ずるという関係もないのである(例えば、常習累犯窃盗において、日時や被害者を特定する必要性が強いのとは異なる。)。被告人の防禦の観点からみると、一つでも多くの要素によって特定されていればそれだけ防禦がしやすいということは否定できないが、個々の行為がその存在を把握できる程度に特定されていれば、これに対する防禦に実質的な不利益を生ずるおそれがあるとは考えられないから(被告人の具体的な防禦方法を考えてみても、一定期間内に営業として反覆された同種賭博行為の全部について審判を求める訴因に対しては、その期間の全部又は一部において営業をしていなかったとか、店は開いたけれども客が入らなかったというような争い方をすることにより、訴因にそう立証を十分に阻止しうるであろう。)、その程度の特定により、訴因の特定に関する最小限度の要請はみたされているというべきである。これに加え、賭博行為が常習として反覆累行された場合には、それらの行為を包括した常習賭博の一罪が成立するが、本件のように営業犯の性質を兼ね具えている事犯は、集合犯の中でも特に一罪性が強いと評価されるのであり、このような実体法上の扱いは、手続面にもある程度は反映させてよく、たとえ個々の行為を個別的具体的に特定できなくても、個々の行為の存在を把握できる限度においてであれば概括的に事実を認定することができ、訴因の特定もその程度に達していれば足りることを示していると考えられるのである。

そうとすれば、個々の行為の存在が一定期間内における同種行為の継続的な反覆という形で把握できる本件においては、訴因にはそのような事実を記載すれば足りるというべきである。それ以上に個々の行為を日時、相手方、回数、賭金の額などの要素によって特定することは、必ずしも必要的ではないとみてよいであろう。もし、それらの要素による特定が被告人の防禦にとって特段の意味をもつことが判明すれば、その段階において訴因の補正等の措置を考慮すれば足りると考えられる。

以上の考え方に立って本件訴因をみると、本件訴因には、ゲーム機の設置場所とその台数、一連の賭博行為の始期と終期、その態様及び多数の賭客の存在とそのうちの一名の者の氏名とともに、全体として、右の期間中に同種行為を継続的に反覆したという事実が記載されているのであって、賭博行為の存在を把握するうえで最小限度必要な要素はすべて明示されているということができる。また、このような特定方法によっても、被告人の防禦に実質的な不利益を生じさせるおそれはなく、被告人に対するその余の手続上の保障もみたされていると考えられる。そうすると、本件訴因は、その特定に欠けるところはないといって差支えない。

二  そこで、証拠をみると、本件においては、昭和五七年一〇月一日から昭和五八年七月二〇日までの間における「カフェレストラン・スリーネーション」(以下「店」という。)の本件賭博による売上げ(ゲーム機に投入された現金の総額から客に払い戻した現金の総額を差し引いたもの。)を原則として一営業日単位で飲食代の売上げとは区別して預け入れていた銀行預金の取引明細表(被告人の司法警察員に対する同年八月一六日付供述調書に添付された株式会社大和銀行新宿支店の普通預金入出金取引明細表の写し)及び被告人が従業員に命じて昭和五七年一〇月一日から昭和五八年五月三〇日までの店における収入支出だけを費目別に(賭博の売上げについてはゲーム機に投入された現金の総額から客に払い戻した現金の総額を差し引いたもの。)かつ営業日ごとに記帳させていた出納帳(被告人の司法警察員に対する同年八月二二日付供述調書に添付された金銭出納帳の写し)が提出されており、これらと被告人の当公判廷における供述とを総合すると、日曜日などの定休日を除いて連日店を開けていたこと、開店した日には必ず客が来てゲーム機を使用していたことが認められるのであり、判示事実を認定するについて十分な証拠が存するものということができる。

第二追徴の可否とその額について

一  右に述べたところから明らかなように、本件においては、昭和五七年一〇月一日から昭和五八年七月二一日までの間にゲーム機を使用して行われたすべての賭博行為を罪となるべき事実として認定できるので、右期間内にゲーム機に投入された現金はすべて刑法一九条一項三号にいう犯罪行為により得た物ということができ、従って、このうち没収不能な部分は、同法一九条の二によりその価額を追徴することができることになる。

二  そこで、追徴額についてみると、検察官は、五八九万二三〇〇円の追徴を求刑しており、この額は、前記明細表に示された被告人名義の預金の昭和五八年七月二一日における残高七三〇万三〇七五円から昭和五七年一〇月一日における残高一四一万〇七七五円を差し引いた額であるところ、右明細表の示す入金額の中には本件賭博による売上げのほかに店の飲食代の売上げも含まれており、他方、出金額として多額の払戻しのあったことが示されているから、右求刑額は本件賭博によって得た現金の額を示すものではない。しかしながら、右明細表に基づき、前記出納帳及び被告人の当公判廷における供述をも勘案して、昭和五七年一〇月一日から昭和五八年七月二〇日までの本件賭博による売上げの総額を算出すると、六七〇〇万円を超え、右求刑額をはるかに上回ることが明らかであるから、求刑額の限度、すなわち五八九万二三〇〇円をもって追徴額とするのが相当と考えられる。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤文哉 裁判官 山室惠 今崎幸彦)

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